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JAEGER-LECOULTRE [ジャガー・ルクルト]

ジャガー・ルクルトは、アントワーヌ・ルクルトが1833年にジュウ渓谷のル・サンティエに開いた工房から始まる。
 そしてパーツやケースはもちろん、その部品を組み上げ、時計として仕上がるまでの全工程を同じ建物の下で一貫して行う、<マニュファクチュール>というシステムを、アントワーヌと息子・エリーが1866年にジュウ渓谷で初めて採用した。ブランドは革新的なムーブメントの開発、その品質と生産性の向上へと更にその歩みを進めることになった。
 1903年、アントワーヌの孫に当たるジャック・ダヴィド・ルクルトはパリの時計職人であるエドモンド・ジャガーと出会った。これはやがて1907年の世界最薄のポケットウォッチの誕生、そして2人の強い絆と友情へとつながった。そして、1925年の「デュオプラン」、1928年の「アトモス」、1929年の世界最小のムーブメント「キャリバー101」と花開いていく。そして何と言っても、インド駐在の英国人将校の<ポロ競技の際の衝撃に耐えられる時計を>との要望で生まれた1931年の「レベルソ」の存在抜きにジャガー・ルクルトを語ることは出来ない。アールデコスタイルの完成された優雅なデザインと時計が反転するというユニークさで、現在もレギュラーモデルとして様々なヴァリエーションを持ち、第一線でブランドを代表するモデルである。
 1929年には世界最小の機械式ムーブメント「キャリバー101」を発表。マニュファクチュールとして革新的な時計づくりで、懐中時計の時代から腕時計の地位を向上させてきたジャガー・ルクルトは、1946年に同ブランド初の自動巻時計を製作。その後、リュウズが全くない「フューチャーマティック」、1950年のメモボックス、1956年の世界初の自動巻アラームウォッチなど、現在の「マスター・コントロール」や「マスター・コンプレッサー」につながるモデルを発表した。機能性や精度を要求される時代を迎え、腕時計のあり方をリードしてきたブランドの代表格と言ってよいだろう。

マスター・ウルトラスリム

ジオフィジック

マスター・コントロール

レベルソ

ランデヴー

デュオメトル

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ジャガー・ルクルト FLOOR MAP:東京

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